こんばんは、Yumiです。


今回は、「言葉」について伝えたいと思います。


私もカウンセリングではもちろん、ブログやSNSを使い、お言葉を沢山の方々に伝えていますが、

「どのようにしたら、自分の真意が伝わるのかな?」と、いつも悩んでいます。


皆様はどうですか?


最近は、何気ない一言で責任を追及されたりします。一言の責任が重くなり、「言いたいこと」

が中々言えない時代になりました。


このお言葉は、沢山の人にご覧になって頂きたいと思います。


言葉は、人と人が手と手を取り合うためのツールだと私は思います。

その「言葉」の持つ意味を見直して頂き、心にとめてもらえたら幸いです。


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言葉は非常に大事やと。その人から出られしその言葉。

その言葉は、向かいしお方に、矢になってはおらぬかと。


本来の人となりが、きちんと言葉に宿っておるかと。そう問いかけること大事。


発せられる言葉は、常に向かいしお方にとって、愛であらねばならぬ。


親しき仲にも礼儀ありと。それを感じることは、まずは言葉が多いであろうや。

投げかける相手を想い、その方を想って放った言葉であるか。


言葉は言霊になります故、必ずや己だけが分かる、身勝手なものであってはならん。

言霊になるからこそ、それを知り得ているからこそ、その相手を想った事であること。


またそこには「愛」があるかと常に問いかけること大事。

愛があるかと問いかけること、数少なしと。


厳しき言葉の中にも、そこには愛があれば、必ずや後に知り得よう。

それを放った相手がどれ程の想いで放ったかと。


厳しけれども、そこには愛があれば、後にてしっかり理解し得よう。

厳しき言葉は、その相手を信じるから発せられる。


それを今の時代、この世の人は、分かり得ぬ人が多い。

それによりて、掛け違い起こり、人と人の縁、切られしと。


「そういう思いではなかったのに。」と後悔しても、その掛け違え、中々に掛け直す事、叶わぬ。

そうだからこそ、投げかける言葉、非常に大事やと。


言葉の伝え方は千差万別。また伝わり方も千差万別。

言葉を放ちたとて、「後は受け取り手の自由」


決してそうではあらん。


放つには放つだけの熟慮は必要と。

受け取り手がいかに寛容に、明確に、端的にその愛を感じ取れるかが大事。


今世は「結び」と申しておろう。


ならばそこには愛宿りし、その言葉にて、神々の言葉、縁ありし方々に伝えること大事。

それを忘れなければ、双方に掛け違い起こらぬことと。


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