こんばんは、Yumiです。


本日は自分の事を語りたいと思います。


このブログタイトルの意味。

そして私がなぜ、この道を選んだのか。

知っていただけると思います。


読み返してみるとかなり長くなってしまいました。

最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。



私は、生まれつきの重度小児性アトピーでした。

保育園に通いながら、隣にある母が看護師として働く病院に週2回通い、薬漬けの日々でした。

また、お腹が弱い事もあり、とても少食でした。

アレルギーは、卵と牛乳だけだったものの、好き嫌いが激しく、食に興味もなかったため、小さく、ガリガリでした。

小学校高学年になり、小児性アトピーの内服を卒業する事ができ、症状も快方に向かいました。

しかし、今度は頭痛に悩まされる様になります。

次第に頭痛薬が手放せなくなり、この頃から下校後、自宅ではとにかく寝て過ごす様になりました。


その後、中学、高校と進学しますが、毎日登校はするものの、お昼前に保健室に行き、早退する毎日でした。


こんな私ですから、小学校、中学、高校は、周りに馴染めず、いじめに遭う事もしばしばでした。


ですが不思議なもので、どの時期も必ず一人は味方がいたのです。


この時、今まで一人で生きてきたつもりでいた私は、人は一人では生きていけないことを知ります。


かばってくれる友達に、「私のことは、もういいよ」と言っても、立ち向かってくれる様な、勇敢な友ばかりでした。


思い返せば両親も、早退を繰り返した高校時代、嫌な顔一つせず、実家から車で三十分かかる学校まで、迎えに来てくれていました。


味方でいてくれた友と両親には、心から感謝しています。




今思い返して、とても不思議に思うことは、

小学校低学年の頃から、一人で空を見上げて、


なんで私はここに居るんだろう。

どうして生まれたんだろう。

何かやる事があったはず。

何をしなきゃいけなかったんだっけ?

思い出せない


こんな事ばかり、日々想っていました。



そもそも自分と周りに違和感を感じ始めたのは、幼少期からです。

私が当たり前に見える、聞こえる、感じる事柄が、両親、兄、友達、誰にも理解されないということが重なり、

「おかしい」と認識されるようになります。


私は「おかしいのは私なの?」と思うようになり「普通でいなきゃ!」と思うようになります。

そして「周りの言うおかしい事の全て」を自分の中に封印し、自分の本音も封印し、自分の心の中に作った箱にしまい込み、
固く固く結び目をして、生きていく事にしました。


幼少期の私が共働きの両親のもとで、一番時間を共有していたのは、祖父です。

祖父は不思議な人で、唯一「おかしい私」で素直にいられる人でした。

そして、「おかしい私の質問」に、「おかしい答え」で応えてくれる人でした。


祖父も霊感の強い人でした。

私が中学年の時に亡くなりましたが、私が嫁ぐまでは、何かの折に夢枕に立ち、メッセージを送ってくれました。

嫁いでからというもの、メッセージがパッタリ無くなってしまい、寂しい想いをしました。


成長と共に、心の蓋にどんどん重石を乗せて、周りと馴染めず、距離を置く私も、進路を決める時がきます。

看護師の母の助言もあり、幼い頃から医療系の職を志していました。

文系の私は、担任の大反対を喰らいながらも理数系に進み、医療系の学校に進学します。


そこで、夫と出会います。

初めて会った時に、

「この人と結婚する」と分かりました。

夫の方は、そんな事少しも思わなかったそうですが。笑


紆余曲折あり、社会人になり、夫とは遠距離恋愛を経験します。

社会人になって半年した頃、全てに疲れ果て、夫とも、もうダメかもと感じていた時に、長女を授かっている事が分かり、ここで結婚を決意します。二十一歳の頃でした。


その後、時は流れ、今では三姉妹の母です。


母として悪戦苦闘する中で、今まで味わった事の無いような感情を経験します。

それは、母として求められることや、子の喜びが自分の喜びだと感じられた時です。


素直に、幸せだと思いました。


結婚してから十年が経った頃、以前の仕事に復帰するお話を頂きました。


そして復帰当日、仕事終わりに一人の女性に話しかけられ、休憩室へ行きました。

そこにはあと二人女性がいて、“ある共通点”をもつ方々でした。


実はこの復帰した職場には、私が新人の頃お世話になった先輩がいて、当時から霊感が強かったり、頻繁に予知夢を見る事などを話していたのです。


どうやらその情報を知り得ていた“ある共通点”を持つ三人の女性と、その日その部屋で「神様」の話をする事になります。


私は、終始「?」でした。

でも不思議な事に、この最上級の人見知りの私が、言われるがまま、なんの違和感もなく、この人で、神様とこれまでの私自身の話をしました。


すると最初にお声がけ下さった女性に、「後日、とある場所に一緒に来てくれない?」と誘われます。


ここでもまた、言われるがままです。笑


夫には、明らかな嫌悪感を示されたものの、行ってみたいと思いました。

今でも、なぜあの時そう思ったのか、よく分かりません。笑


そして、約束の日。

ガチガチに緊張して、恩師との初対面が叶います。


が!


この日のことは、よく覚えていません。

その時は「邪魔がひどく、またモヤが掛かって、あなたという人が見えづらい。」と言われてしまいます。


後日、一人で訪れる機会があり、

そこで、私の魂が祓戸四神の”速秋津姫様”と縁の深い事を知ります。


これが、私が初めて”意識して”神様と関わった日となります。


神様の語りを聞き、その後祓い浄化の儀をして頂き、リベラを聞きながら、心を鎮める時間を頂いた時、自分でも驚く程号泣していました。

そんな私を恩師は、包み込むような愛で癒して下さいました。


やっと楽になれる。

ここでは、偽りではなく、本当の自分でいいんだ!


と、初めて思えた場所でした。

幼少期からの不思議体験談も、オーラの話も、予知夢の話も、とにかく全肯定なのです!


「分かる~それでいいんだよ~~」と。


兎にも角にも、これがブログのタイトル、速秋津姫様との所以であります。


そして、私の夫は、

速秋津姫様の兄であり、夫である、速秋津比古神と縁が深く、

私とは夫婦神であった事を知ります。




そして恩師の導きのもと、今に至る訳ですが、


このブログを立ち上げる際、タイトルを悩んでいた時に、速秋津姫様に、


「あま」


と言われました。


私は、「天」が思い浮かんだのですが、それではないみたいです・・・


そうか!「雨」!


雨の音!


速秋津姫様「パチパチ~👏



私と言ったら、周りが引くほどの雨女です。笑


関わりし方、いつもご迷惑をおかけしております。


神道を歩むと決めてからは、霧雨が多くなり、それに伴い、虹もたくさん見せて頂けます。


速秋津姫様は、水に縁の深い神様です。 

今までは、私が外に出ると雨が降るので憂鬱でしたが、

この道に進んでからは、傘をさすことを止めました。

私にとっては雨が、神様からの愛だと知り得たからです。


また、雨の音も好きです。


ブログ名に入ってる「雨音」は、

雨に託した速秋津姫様の声、

つまり「速秋津姫様の想い」そのものなのです。


有難い事に今では、縁ありし沢山の神仏の皆様から、お言葉を頂くことが叶っています。


そして、そのお言葉を沢山の人に届けるお役目を授かりました。


オープンしたお店の名前は「Yuj」(ユジュ)です。

サンスクリット語で「結ぶ」「繋ぐ」という意味です。


今の世で、祓戸の神の役目は「祓い」ではなく


「結び」です。


あなたがあなたらしく生きるためのお手伝いをしていきたい。

繋がり、結び、またその輪を広げていきましょう。


最後までお読み頂きありがとうございました。


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